
ウソテクの歴史
History of fake secret technique
ウソテク(ウソ技)は、『ファミリーコンピュータマガジン』(徳間書店)の1986年1月号において単発の懸賞付き特別企画として行われたのが始まりです。
当時のファミコン誌では、裏技を紹介するコーナーの存在は人気ゲームの攻略記事と同じくらい売り上げに影響する重要な位置づけにありました。裏技のコーナーだけで1冊の雑誌にだいたい毎回20〜30ページはあったのですから驚きです。この1986年当時の新作ゲームソフトの月間発売数がだいたい10本以下だったということからしても、ゲームにおいて裏技の占める割合がどれほど大きかったか、ということが伺えます。
建前上は、どの雑誌でも裏技のコーナーはほぼ全てが読者投稿の形式をとっていました。しかし実際は雑誌編集部がソフト会社から直接入手した裏技を、架空の読者を使って紹介したなんて例も結構あったと思います。あるいは、ゲーム関係者やその子供からの投稿というのもあったかもしれません。『上下AAB左右AB上A下右右左B上左A右B左右A左上A下A右左Bと押してスタートすると面セレクト』なんていう技を偶然発見できる人がいるならそれはもはや神です。
このファミマガでも「超ウルトラ技(略してウルテク)」というコーナーがあり、毎号50〜100個の裏技が掲載されていましたが、1986年1月号にてその中にひとつだけ『実際には絶対にできない技』を混ぜて、それがどれかを読者が当てる『スーパーウルトラテクニックイズ』という懸賞付きのクイズが行われます。これが記念すべき最初のウソテクでした。

このときの正解は【「フラッピー」(デービーソフト)で、隠しアイテムの花を取ると全パスワードが表示される】というものでした。掲載されたウソテク写真はデービーソフトの協力を得て製作されたという事もあって非常に精巧に出来ており、純真な子供達のみならず疑い深い大人達までも騙されてしまいました。なにしろ、この絶対にできないウソ技を『裏技』として転載してしまって後で大恥をさらした出版社まで出てくる始末でしたから(まるまるパクったわけですね。当時の一部出版社における裏技本編纂がどれだけ適当でいい加減なものだったかがバレました)。
これが好評を博したためかどうかは分かりませんが、このときは単発企画だった『スーパーウルトラ(以下略)』は、月刊から月二回刊となった1986年5号のファミマガより目玉企画のひとつとしてその後長きにわたり(途中から名前が『ウソテックイズ』に変わりますが)連載されていくこととなったのです。
*These sentences were made with a translation software.
*Please permit when the grammar is strange..
Here is Fake Secret Tips Exhibition Room in "Private Fami Archives".
The answer of the quiz with the prize published in "Family Computer
Magazine (Famimaga)" has
been exhibited.
This was a quiz that searched out an impossible technique.
The tips introduced here is all fake.